関塚さん、おだいじに

“関さん”の愛称で知られる川崎フロンターレの監督、関塚隆さんが体調を崩して辞任した。本格的に入院し、治療にあたるという。先日の多摩川クラシコのときにはすでに検査入院中で、代わりに高畠コーチが指揮を執って3試合目だった。ちょっと長引いてるけど大丈夫かな、と気になってはいたのだが……。

J2降格後、思うように再昇格を果たせずにいた2004年、川崎の監督に就任した関塚さんは就任するやすぐにJ1に昇格させた。翌2005年に昇格後の川崎は日の出の勢いで強豪クラブへと成長する。それを横目にわが東京はといえば、前年に歓喜ナビスコ優勝を果たしたものの、2005年以降昨年までの3年間の低迷ぶりは語るべくもない。

JFLの東京ガス富士通時の代からホームエリアが近く、プロ化した後もJ1昇格も仲良く一緒の2000年だったことなどもあり、両クラブはちょっと気になるライバル関係にあった。ここ3年はまったく明暗が分かれてしまった。川崎の安定したチーム力を築いた源は間違いなく関塚さんの功績によるものだ。関さんの熱烈指導のもと、我那覇ジュニーニョ中村憲剛たちをはじめ何人もの選手が輝いていった。

レフェリーの不審な判定に対し激しい抗議を続け、退席処分を受けるほどの熱血漢。チームづくりにかけても強い熱意と理論で臨み、好結果を出す川崎のあの指揮官をうらやましく思うことも、正直なところあった。昨年“多摩川クラシコ”と称した東京−川崎の2試合は、こないだのクラシコCMでのチョン・テセのセリフじゃないけど「完膚無きまでに叩きのめ」されてしまった。本当に悔しいかったなぁ。

奇しくも富士通出身の城福さんを新たに監督として迎えた今年の東京。関塚さんが伸び悩む川崎を強くしたことをよき手本に、城福さんには東京を強豪へと導いてもらいたいのがサポの願いであり、その兆しがじわじわ見え始めてきた。そんな意味でも、早稲田のサッカー部(正式には「ア式蹴球部」というんですよね)としても、Jクラブ監督としても先輩の関塚さんとの対決も楽しみだった。でもその期待感はまたの機会へと残しておこう。

今はとにかくしっかり治療に専念していただき、一日でも早い回復をひたすら祈るばかりだ。体力と気力が完全復活した暁には、ぜひまた監督としてピッチサイドに戻ってきていただきたい。タッチライン沿いでレフェリーへ顔を真っ赤にして猛抗議する、あの熱い関さんのジャージ姿を再び観たいものである。